僕の家の隣には不思議な家族が住んでいる。


僕の名前は久伊豆独路、クイズという少し変わった趣味を持つ高校生だ。僕は毎朝、登校する前におとなりさんへ幼なじみを迎えに行くことになっている。というわけで、僕は今おとなりさんの家の門、「音鳴」と書かれた表札の前に立っている。小さな頃からもう何千回も押しているインターホンを鳴らすと、玄関のドアが開き、幼なじみの母である鉄子さんが出てくる。
「ドクロくんおはよう。10○10×は傷つくことを恐れちゃだめよ。」
鉄子さんはいつものように不敵な笑みを浮かべながら朝の挨拶をしてくれる。鉄子さんは若い頃、視聴者参加型のクイズ番組で次々と優勝し、クイズ女王と呼ばれていたらしい。「若い頃」とは言ったものの鉄子さんは今でも十分に若い。20代といっても誰も疑わないであろう綺麗な肌、首の横で1つにまとめられたツヤのある髪、エプロンの上からでもわかるスタイルの良さ。とても6人の子どもを産んだお母さんだとは思えない。そう、6人の子どもたち…おとなりさんは大家族なのである。しかも、その6人の子どもは全員女の子で1人1人がとびきり個性的でとびきり可愛い。鉄子さんの遺伝子を受け継いでいるから当然といえば当然なのかもしれない。
鉄子さんおはようございます。ひよりは起きてますか?」
「ごめんなさいね、ひよりってばまだ寝てるのよ。」
僕と鉄子さんの間で交わされるこの会話も毎朝の恒例だ。幼なじみのひよりは昔から寝起きが酷く悪くて、朝に時間通り起きていたことなんて一度だって無い。だけど、いつもこの待ち時間に僕が退屈することはない。玄関には一家の主である家朗さんの作ったガンプラがズラリと並べられていて、立体萌えの人間にはたまらない空間なのだ。家朗さんと僕は年齢の差を越えたソウルブラザーで、ガンプラについてしょっちゅう熱い談義を繰り広げている。お、どうやらアッガイたんがまた一体増えたようだ。アッガイたん可愛いよアッガイたん。そんな感じでハァハァしていると、紅茶のいい香りがふわりと鼻に届く。きっと次女の瑞穂さんが飲んでいるんだろう。瑞穂さんは僕より3つ年上で近くの大学に通っている。彼女はいつも笑顔で、その柔らかな仕草や話し方はいかにも「お姉さま」という感じの美人だ。ちなみにガンプラの隣には瑞穂さんの集めたフィギュアが並んでいる。やっぱり、ANAコレクションは8代目が最高に可愛いなぁ…。家朗さんともそうだけど、僕と瑞穂さんのフィギュアの趣味はかなり合うと思う。いっそ僕は瑞穂さんとスールになって彼女を「お姉さま」と呼んじゃったりしたい。
「………。」
通報されそうな顔で妄想をしている僕の横で無言のまま靴を履き、ペコリと頭を下げながらドアを開けるのは長女のまどかさんだ。肩の少し上で切り揃えられた髪は、前髪だけが長く伸ばされていて彼女の目をすっかり隠してしまっている。人と話すのが苦手なまどかさんの性格がよく表れている髪型だ。そんな彼女も春から新社会人として頑張っているらしく、真新しいスーツがなかなかよく似合っている。と、ここで僕はとんでもないことに気づいてしまった。
「あ、あの…まどかさん、スーツのスカートがめくれてますよ。」
「―――!!」
まどかさんは僕の指摘に耳まで真っ赤になってつまずきながら走っていく。相変わらずのドジっ娘ぶりだ。正直かなり萌える。
「ふぁあ…おはようございます。」
今度は四女のさくらちゃんがあくびをしながら玄関に出てきた。毛先がはねた短めの髪に銀縁の眼鏡、その目の下には盛大なくま。驚くべきことにさくらちゃんは中学生にして大手の同人小説家なのだ。どうもここ数日は夏コミ前の締め切りで徹夜らしい。
「おはよう。次の新作はどんな話?」
挨拶がてらに聞いてみると、ちょっと困った顔をしてから背伸びをして耳打ちしてくれた。
「見せても構いませんが、まどか姉様には内緒ですよ?」
一体何を書いてるんださくらちゃん。意味深な新作情報に焦っていると、二階から間抜けな声が降ってきた。
「あぅー!バンダナがうまく巻けない…」
階段に目をやると寝癖だらけのひよりがパジャマ姿のまま降りて来るところだった。こいつこそが僕が毎朝迎えに来ている幼なじみだ。僕と同じ高校3年生で、音鳴家では三女になる。6人姉妹の中では年上の方に入るのに、ひよりは外見も中身も幼い。しかも、こいつはなぜかいつも首にバンダナを巻いている。学校でのひよりの格好は、大きくて手が半分隠れてしまっている制服のセーターに、高い位置で二つに結んだ髪、それに首のバンダナ、変な組み合わせだ。
「はわわ!ドクロちゃん毎朝ごめんなさいです」
「早くしないと置いていくぞ」
少し怒ってやると、ひよりは慌てて二階の自室に戻っていった。毎朝のことだけど、バンダナの巻き方に四苦八苦する前にまず制服に着替えてほしい。今日も学校まで全力疾走か…。横腹の痛みを想像してげんなりしていると、突然両耳をステレオ全開の声たちに襲われた。
「ドクロ兄ちゃんも大変だねぇ。」
「ドクロ兄ちゃんも大変だねぇ。」
「まぁ、女子高生の生パジャマを朝から見られるんだもんねー。」
「まぁ、女子高生の生パジャマを朝から見られるんだもんねー。」
「その為に毎日遅刻だなんて、わー!ヘンタイだー♪」
「その為に毎日遅刻だなんて、わー!ヘンタイだー♪」
この恐ろしいまでのハモりは6人姉妹の五女と六女であり、双子のあずみちゃんとなおみちゃんによるものだ。2人は僕の右腕と左腕にそれぞれ全体重でぶらさがっていて…お、重い。しかも、それだけでは飽きたらず、僕の右耳と左耳にシンクロオヤジ発言を吸い込ませながらニヤニヤしている。そのオヤジっぷりはランドセルの似合う小学生の女の子とはとても思えない。だが、それがいい!ブラボー双子!
「ほんとにヘンタイだー!」
「ほんとにヘンタイだー!」
「じゃあ、いってきまーすっ。」
「じゃあ、いってきまーすっ。」
気に入ったのかヘンタイを連呼しながら玄関を出る2人を見送ると、まどかさんが息を切らせながら戻ってきた。
「まどかさん、どうしたんですか?」
「わ、忘れ物…。」
さすがはドジっ娘神のまどかさん!あまりの神々しさに涙を流している僕に、紅茶を飲み終えたみずほさんが綺麗な長い髪をなびかせながら衝撃の事実を伝えにきた。
「ドクロくん、ひよりちゃんてば着替えながら寝ちゃったみたいよ。」
あぁ、ついに僕は全力疾走どころか音速で学校に向かわなきゃいけないのか…。


これが毎日繰り返される僕とおとなりさんとの基本的な朝の風景である。